「で、なんだ?その幸せの青い鳥とやらは、具体的に何をもってそう呼ばれているんだ?お前が青のポスカで塗ったのか?”幸せの”って、その鳥が幸せなのか?
あのなあ、聞こえのいい名前で呼べばいいってもんじゃないだろ。具体性に欠けるんだよ。で、一体何の鳥なんだ?」
副担任に詰められる。この先生、肋骨がうっすら浮き出てるのが怖いんだよな。
俺は三枚重ねに締めたネクタイの2本目を結び直し、ゴーグルの位置を整え、副担任の肩に乗ったジャム・ザ・カボスネイル(※1)を見据えて、息を整え、勢いよくこう答えた。
「すみません」
「すみませんって君、」と言いかけた副担任を両手に持ったサーベルと妖怪アンテナで制してきたのは、さっきまで別の客にパーマをあてていた俊足カリスマ美容師。
「当店での詰問はご遠慮いただいております」と述べながら、でかでかと「培養」と書かれた札を副担任の顔面に貼り付けた。
カランコロンヌチャ…
「遅れちゃって、すみませんねえ」
俺の母が4時間遅れで到着した。
「やれやれ、やっと面談が始められますな」と、培養中の男が生意気にもモソモソと発言する。小さくはためく紙の向こう、こけた頬が怖い。
「えっ?どなたですか?この焙煎……」
「お客様、培養ですよ。本日はどうされますか?」
「白髪染めと、その後シャンプー100連発で」
耐久試験かよ。
「遅れるなんて珍しいね」
「そうなのよ、今日に限ってロードオブエミュー(※2)が混んでてね」
エミュ太もお疲れだろう。あとで俺の一番下のネクタイで汗を拭ってやろう。
カランコロンベチャ…
「すみません、ただいま満席でして。外の用紙にお名前とお電話番号とマイナンバー、あと座右の銘を書いて……」
妖怪アンテナが入り口を指す。振り向いた美容師の言葉が止まる。
「エミュ太、なんで入って来ちゃったんだよ……」
鮮やかなコバルトブルーのエミューが入ってきた。
「失礼、遅れました。父です」
旧友や同僚との度重なるスプラトゥーンにより人間関係に絶望してしまった父。家族の懸命な励ましによって再起したのは2年前の話。
身体を入れ替えたエミュー姿もしっかり板につき、今となっては家族の便利な乗り物。
昨夜イタズラで全身を青く塗ったのだが、まだバレていないようだ。
「先生。幸せの青い鳥は、俺の父そのものです。予定より早く見せることになってしまいました」
培養中の男は押し黙り、札をはためかせている。
「お客様、リタッチをご所望でしょうか?」
「ん……?りたっ……?まあ、それで」
ジャム・ザ・カボスネイルをつつきながら元気よく返事する父。父が元気になってよかった。思わず涙目になり、ゴーグルが曇る。
母、27回目のシャンプー開始。
先生の顔から勢いよく培養中の札が剥がされる。
美容室は賑やかだ。
「青島様、2番の窓口までお越しください」
ゴーグルとネクタイを外す。VR美容室から市役所に意識が戻る。滞納した保険料、29万8000円。
※1:カボスを背負ったカタツムリ
※2:エミュー専用道路