待望の男の子を授かった、ある男。
彼は結構アレな感じだったので、近所では「アレ」という愛称で呼ばれていた。本名は零郎丸 ムーンライトさん太郎である。
そんなムーンライトさん太郎だが、アレなわりに優柔不断であり、息子につける名前に困っているのだという。
「息子の命名に使えそうな言葉を教えてくれ」と朝な夕な騒ぎ立てるので、近所一体はプチパニック。
やむを得ないので、アレに教えてあげる言葉をまとめる会議が開催された。ご隠居の頭の中で。
後日、ご隠居からpdf形式の言葉リストをDMで受け取ったムーンライトさん太郎は、コミットメントをフィックスするためにエクスプレスでポイズンアタックするのだった。
要は、ご隠居のもとに来ちゃったのである。
「ご隠居!pdf拝見しました。いくらペーパーレスの時代だからって、暖かみに欠けるんじゃないのかい?」
ガン無視を決めたご隠居は、動揺を押し殺しながらもじぴったんのプレイを続行した。
「ご隠居!無視するつもりってんなら、例の件、デカい声で言ってやったっていい!120dBは出るぜ!」
即座にもじぴったんをやめたご隠居は、やっぱり来ちゃったか……といった表情でムーンライトさん太郎に目をやり、つぶやいた。
「やっぱり来ちゃったか……」
「やっぱり来ちゃった。で、命名に使える言葉について教えてくだせえ」
ご隠居はAirPodsを外し、ファッション特価特典2499円のレイバンのサングラスを外し、噛んでいたホルモンを吐き捨て、大蛇の口の中から這い出し、タイムカードを切り、右足のギプスを外しながら答えた。
「なんて?」
「命名に使える言葉について教えてくだせえ」
「ハァ…………………………………………………………………………………………………………………………」
まるでブラックライトのように目や歯を光らせ、胸のカラータイマーを点滅させて期待感を表すムーンライトさん太郎に根負けしたご隠居は、ぽつぽつと語りはじめた。
「まず、『くるくるテープ』というのはどうだ。」
「なんて?」
「なんか……その辺にこんがらがったテープが落ちてるからな。赤と白で縁起がよさそうだろ。」
「確かに。さすがご隠居、他にはなんか無いかい?」
「じゃあ、『浜名湖』というのはどうだ。」
「琵琶湖ではなく?」
「ああ。なんか良いだろ、浜名湖。儂が好きなのよ。良いだろ。」
「まあ……ご隠居が好きならいいや。他にはないかい?」
「『アーモンド』はどうだ。」
「アーモンドは美味くていいねえ。他。」
「ちょっと投げやりになっとらんか?」
「いやいや、ちょっとやめてくださいよ笑」
「おぬし、昔からそういうとこあるぞ。馴れ馴れしくタメ口でなあ」
「まあまあ、いいじゃないですか、ね?」
「ううむ……今日のところは赤子に免じてこれぐらいにしといたるわい」
「ハァ、で、次」
「『ランタン』はどうだ。明るく照らしてくれる」
「だったらLEDとかでよくないかい」
「日本人の赤子にLEDなんぞつけるアホがおるか。長いし。」
「まあいいや、他にもどんどん教えてくだせえ」
「『香辛料』『マフィン』『鱈』なんかはどうだ。どれも美味くていい。」
「いやさ、美味いのはわかるけど、赤子の名前ですぜ?適当では?」
「名づけのヒントになればと思って『言ってやっとる』んだ、だいたいお前は……」
「はい、はい、すみませんでした。次お願いしますよ」
「まったく……派手に『ロック』『ポップ』なんかもいいのではないか。」
「おっ、いいねえ!『野原』で歌いたくなるねえ!」
「野原で歌うんなら『虎』や『チーター』、『鰤』に気を付けないといけないねえ」
「そんなサバンナみてえな野原には行かないぞご隠居!」
「いいや、むしろ行くべきだな。お前のような無鉄砲はサバンナにでも行って大人しくなるべきだ」
「こういう馴れ合いみたいなくだりもうよくねえかい?」
「くだらないこと言ってる暇があったらROMっとくんだな。次行くぞ。」
「ROM?」
「『ドラム』『ラーメン』『チャーハン』なんかはどうだ。どれも最高だ」
「小学生みてえな感性になってきたな。」
「どうせ子供につける名前だからそんなんでいいのだ。」
「一生それだぞ。炎上する前に謝れ」
「Wait……まあ、ハハ……悪魔みたいな顔せんといてくれ。アーモンドとピーマンやるから。」
「アーモンドは美味くていいねえ。まあいいや、まだまだ聞かせてくだせえ」
「『泡』『炭酸』なんかはどうだ。今飲みたいから挙げてみたぞ。」
「後で買ってくるから、脳を使わずに喋るのはやめてくれ」
「『TikToker』『作家』『探偵』や『医者』なんもいいぞ。将来就いてほしい職業だな。」
「なってほしい職業をそのまま付けるアホはいませんぜ。どれとは言わないけど、絶対なってほしくないのもあります」
「『糠味噌』『プラム』あたりもありだな。好きでも嫌いでもない食べ物だ。」
「もう帰ります」
「まあまあ、興が乗ってきたところだ。座りなさい。こら!帰るでない!Sit!」
家に帰って、会話を反芻してみたアレは、途中から自分よりもご隠居の方が結構アレじゃないか?と考えた。
とはいえメモを見返してみると、どういうわけか不思議とどの言葉も名付けに使いたいものばかり。
悩みに悩んだ末、ついには全部繋げた長い名前にしてしまった。
「くるくるテープ・浜名湖・アーモンドランタン香辛・マフィン鱈言ってやっとる・派手ロック・ポップ・野原虎チーターに鰤ROM・ドラム・ラーチャーにWaitまあハハサタン・アーモンドピーマン・泡炭酸TikToker・作家探偵や医者糠味噌プラムSit」
アレが得意げに妻にこの名前を読み上げると、妻はなるほどといった面持ちで復唱した。
「ところどころ聞き取れなかったけど、
『クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット』と言ったのね?素晴らしい名前だわ。」
妻もなかなかアレだったのである。
なんやかんやで小学生になったクルンテープ。やばいクレーマー気質の彼は、近所の子供に対して大きな声を出したり全部倒してしまうのも日常茶飯事であった。
ある日、大けがを負った近所の子供がアレのもとに被害を訴えてきた。
「うわーん。アンタんところのバンコクにケガを負わされました。近いうちに訴えます。裁判も起こします。」
「なんだって!?ウチのクルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシンが……」
「そういうのいいんで!」
無念、近所の子供には悪辣なる遅延行為が通用しなかったのである。
──なぜ、対応できたのでしょうか。
ガキ 「寿限無」を読んでいたからね。
──「寿限無」?
ガキ はい!私も殴られる子供役で出演しております、「寿限無」が全国の書店さんで絶賛発売中です!ぜひお買い求めくださーい!
──「寿限無」、知らない作品ですね!ぜひ皆さんも読んでみては!今回はありがとうございました。
ガキ ありがとうございました。